愛されなかった道具について
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// TimeLine:20200209
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愛されなかった道具について
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~ Artifacts spirit. ~
Written by BlueCat
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ちびた木べらがある。
黒ずんで、べたべたしていて、すり減ったへらの部分は、半分以下しか残っていない。
持ち主は、私の介護対象者だった人だ。
血縁関係上は僕の伯母にあたるが、戸籍を調べると僕の伯母はそれなり以上に人数がいるし、僕は彼女を単なる介護対象者としてしか見ていなかったので、ときどき、機械的にそう呼ぶ。
あるいはそれ以前は、伯母と甥という関係だったのかもしれない。
でもどうだろう、年に数回、お茶を飲んで世間話をするだけの関係が、甥と伯母の関係だというのなら、僕にとっての伯母は実際の数より数倍も多いことになる。
戸籍上の血縁関係に限っていうのなら、伯母であるかどうかなんていうことは、少なくとも僕にとってはどうでもよいことだったし、事実、僕は親戚づきあいというものをほとんどしない。
する価値を見出さないからで、いずれこの国でもそれが自然になるだろう。
もしかしたら、すでになっているかもしれない。
自然界の他の動物を見ると分かるが、関係性を重視するのは、せいぜいが親子と兄弟くらいである。
祖父/祖母の代まで同時に存える種は限られているし、伯父/伯母と甥/姪で関係性を持つ人間以外の種族を僕は知らない。
家系図なども含めて、親戚という存在を意識して行動することが、本来は不自然なのだと思う。
血族というものは単なるメディアであって、その中に位置する個々人とその人格をコンテンツと考えれば、重視すべきはどちらか明白だと思う。
個人の属する社会や、その視野が狭ければ、すなわち考えが古ければ、メディアが重視される。
人間の社会は、中身を見定めなくてはいけない段階をとうに過ぎている。
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木べらに限らず、伯母たちの(伯母と、その夫が暮らしていた家の)台所は、ほとんどの道具がひどい状態になっている。
ざる(カランダ)は、なんだかよく分からない皮膜によっていくつかの穴が塞がれ、ステンレスの輝きは完全にくすんでいる。
まな板(おそらく素麺などの化粧箱のフタだったもの)は、反り返り、漂白剤で灼かれたのか、白い模様を浮かべている。
僕が持っていった足つきのまな板は、謎の金属腐食で色が染みてしまって、果たしてどこまで削れば消えるのかが分からない。
ステンの包丁は、塩によってか酸によってか塩素によってか腐食したようで、刃は緑がかった茶褐色になり、その腐食は「なかご」にまで達して膨張させてしまったのか、柄が大きく割れているものばかりだ。
それ以外にも、いくつかの包丁が、台所の開き戸の箱に、乱雑に放り込まれている。
おそらく、使わないのに、使えるから捨てずに仕舞っておいたのだろう。
鍋の多くも、くすんで、あるいは腐食している。
冷蔵庫の中は、彼女が介護を必要とする数年前から、掃除されたことがない。
お皿やカップ、アイスペールやカトラリィも多数あるのだけれど、どれもこれもひどい扱いを受けている。
綺麗に磨かれることなく、塩や酸や塩基(あるいは硫黄によるものもあるかもしれない)によって、赤錆や黒ずみが発生し、陶器や箸もくすんだ汚れが残っている。
そしてそれでも、伯母は使い続けていた。
死人をとやかく言うつもりはない、しかしその使い方はどうみても「モノを大切にしている」人のそれとは思えない。
伯母が昔からそういう「道具の使い方」をする人だと知っていたから、僕は彼女の料理には箸をつけたくなかった。
それどころか箸さえ信用できない状態であったから、割り箸を使わせてもらえる時はせめてもの救いのように感じた。
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「モノを大事にする」というのは便利な言葉で、ろくに手入れさえしなくても、使い潰れるところまで使えば自動的に壊れるから「最後まで」使い切ったことになる。
この「使い潰す」ことを「モノを大事にする」ことと勘違いしている人は、仮に使わないものでも「使えるから」という理由で、はしたなく仕舞い込む。少なくともその様子は、僕にとっては「はしたない」行為だ。
僕の思うところの「モノを大事にする」というのは、正しく使って、きちんと手入れをして、それでも役目を果たせなくなったものは感謝して捨てることだ。
ちびた木べらは、たしかにその小ささが便利なこともあっただろう。
けれど、それしかない状況を考えるに、より大きなへらが必要な場面からは不便なモノだったはずだ。
それに気づかない、あるいは気づいていても放置する鈍感さを、僕は哀れに思う。
使われもせず、研がれもしない、ナイフや包丁たち。柄を直してもらえない刃物たち。
使うたび、水を切るだけで放置されるカランダやボウル。
彼女にいいように道具にされた道具たちが、僕は不憫でならない。
だからといって、僕には、もっと手になじんで、ずっと使っている道具たちがあるのだ。
(足つきまな板に関しては、本当に、彼女の家に預けるべきではなかったと今でも後悔している)
ゆえに、僕は彼ら(あるいは彼女たち)を次々処分する。
おそらく、彼女は自分が「モノを大事にしている」と自負し、あるいは自慢さえしただろう。していたような気もする。
私の鉄瓶をして「貴方やけにいいモノを持っているけれど、それは分不相応ではないの?」といった意味のことを言ってきたこともある。
僕はペットボトルで水を買うことをやめ、浄水器を使うこともやめたのだ。
水をボトルに詰めて輸送したり、浄水ユニットを製造するコストの代わりに、湯沸かしするコストを使っているだけだ。
でも、伯母はそういう視点では、モノを見られないから、僕は鉄瓶を彼女の家から引き上げた。
クローゼットを含めた広いスペースにぱんぱんに詰められた大量の衣服をして彼女は「それほど持っていない」と言っていたけれど、実際、そのうち数着しか身に着けなくなっていたようではある。
パジャマと数着のスーツしか服を持たない僕にとっては、ちょっと異常な光景ではある。
彼女に使われていたすべての道具を見て思う。
いずれも、愛されなかった道具なのだと。
だから僕は彼ら(あるいは彼女たち)を哀れに思う。
彼女は、彼女自身や彼女にまつわるナニか(少なくとも伴侶ではないと推測する)を大事にするために、道具をないがしろにし続けた。
どこから付喪神が現れてもおかしくないほど、彼女の家には「愛されなかったモノ」がある。
裏庭の御稲荷様の社は朽ち始め、中の稲荷様の人形は倒れ、鏡は泥と埃にまみれている。
屋内に2カ所ある神棚にある札さえ、いつ替えられたものか分からないほど汚れている。
(いずれの鏡も、開かれていないことを祈るばかりであるが、祈ってばかりいるわけにもいかないから、いずれ閉じる予定ではある)
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分からない。
僕には、モノを大事にするという定義が、分からない。
僕はモノを大事にしているつもりだけれど(たとえばデスクトップコンピュータは、2008年から12年も使い続けている)そのメインテナンスには過度に手を掛けているのかもしれない。
しかし手入れをしなければ、靴も、服も、ナイフも、まな板も、ざるだって、傷んで早くに朽ちてしまう。
使い潰れるまで使うのも愛情だろう。そして同時に、手入れをするのも愛情だろう。
僕はいくつかの料理店の厨房で、やはりすり減った木べらや、刃が短くなり、あるいは(使いやすく研ぐうちに)変形したナイフや包丁を見てきた。
それらは削られて、カタチを変えてはいたけれど、あるいは(仕事の道具だから)愛されてはいなかったかもしれないけれど、きちんと手入れをされていた。
料理人が自分専用のナイフや包丁を持っていれば、それは愛されている道具だと、それでも僕は思ってしまう。
一生使える道具というものを知らず、手入れをしながら共に育て合える道具を知らないことを、僕は貧しいことだと思う。
そういう意味でいえば、伯母は貧しいまま死んだように思う。
あるいは僕は豊かなのだろうか。
手入れを許してくれる道具たちを見て思う。
貧しいか、豊かか、それは分からない。
でも彼ら(あるいは彼女たち)と共にいられることは、下手な人間といることよりもずっと安心する。
なにせ道具を使い潰すしか知らない人間は、他人さえ使い潰そうとするからだ。
それを愛情とは、僕にはとうてい定義できそうにない。
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[NEXUS]
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-工場長-/-青猫α-/-黒猫-/-BlueCat-
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-Algorithm-Blood-Darkness-Derailleur-Diary-Ecology-Eternal-Form-Interface-Link-Love-Maintenance-Mechanics-Memory-Style-Technology-
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-Condencer-Connector-Convertor-Generator-Reactor-Resistor-
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-Human-Poison-Tool-
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[Cat-Ego-Lies]
-青猫のひとりごと-:-ひとになったゆめをみる-
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